ハイブランド買取物語13 ロレックス サブマリーナ 山口剛志の場合

「え……?」
仕事から帰ってきた山口剛志(45)は、妻からの言葉に絶句した。
「だから、和也がね、私学の薬学部に入学することになったのよ」
和也は山口の一人息子だ。
子どもの頃から薬剤師を目指して勉強していた。
しかし大学は国立大を目指していたはずではなかったのか……
「第一志望の国立大、不合格だったらしいの。だから滑り止めの私立に通うって」
妻は心配そうだ。
山口の表情も堅い。
息子の大学進学を祝うべきシーンなのに、二人は手放しには喜べなかった。
国立大なら学費が6年間で400万円程度で済むところ、私学では1,000万円以上かかるからだ。
単純計算で2倍以上の負担がのしかかることになる。
「……家計は大丈夫なのか」
「なんとかするしかないわ」
まだマイホームのローンも車のローンも残っている。
和也にバイトをさせるとしても、およそ足りる金額ではない。
和也が私学に進学することは完全に予想外だった。
「もし足りなければ両親に頭を下げてくるよ」
「でも、申し訳ないわ……」
「遺産相続がちょっと早まるだけだよ」
「でもねぇ……できる限りやりくりしてみるから、お義父さんたちへの相談は少し待って」
それで話は打ち切られ、山口は自分の書斎に入った。
妻の言い分も分かる。
親の金をアテにはしたくない。
けれどない袖は振れない上に、これまで努力を積み重ねてきた和也に「私学は諦めろ」などとは口が裂けても言えない。
「どうするか……」
親の金は最終手段だ。
自分にまだできることはあるだろうか。
山口は椅子に深く腰掛けて天井を仰ぎ見た。
子どもの将来より大切なものはない

夜の銀座を革靴が闊歩する。
山口は、一軒の店に入って行った。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた店内で、一人の男性が声をかけてくる。
山口はその店員に「買取お願いします」と小さく声をかけた。
「かしこまりました。それではまず査定をいたしますので、お品物をお見せくださいますか?」
言われたとおり、テーブルの上に持ってきた腕時計を出した。
小さな小箱にはロレックスのマークが入っている。
店員は丁寧に小箱を開けると、中から腕時計を取り出して丹念に調べ始めた。
数日前、書斎で悩んでいた山口は「売れないものはないか」と考えを巡らせていた。
そこで突然思い出したのである。
若い頃勢いで買ったはいいけれど、その後、使っていないロレックスを所持していることを。
若い頃は意気揚々と身につけていたものの、結婚や出産が立て続けに起こったためにオーバーホールに出す資金が確保できなくなった。仕事の忙しさもあってそのままロレックスのこと自体を忘れてしまっていたのだ。
十数年経った今それを思い出し、今日、ハイブランド買取専門店に足を運んだ。
若い頃に大枚叩いて買ったロレックスだ。思い出の品ではある。
妻との結婚を間近に控えたある日、結婚してからでは絶対に買うのを反対されるからと入籍直前に勢いで購入したのだ。
腕時計の重量に負けてすぐにつけなくなってしまったけれど、一大決心したあの日のことは今でも忘れてはいない。
しかし思い出を大事にしまっておいて息子の夢を潰すのは、絶対に違う。
山口は意を決して、自分のロレックスを売却する道を選んだのだった。
親としての最後の責任

「サブマリーナは大変人気の高いモデルです。状態も良いですし、箱やギャランティカードもおありとのことですので、この金額でいかがでしょうか」
査定が終わった店員から見せられた金額は、山口を満足させるものであった。
店を出た山口は、口元を綻ばせて家へと向かう。
これだけあれば、ひとまず初年度はなんとかなるだろう。
来年からはボーナスと残業で補おう。
数年間は妻にも迷惑をかけるだろうが、それもあと6年だけだ。
6年後には、こちらが引き止めたとしても子どもは巣立っていく。
親としての最後の責任を果たせそうで、山口は足取りも軽く家路を急いだ。
